書類整理
最近の私の仕事は、実家の郵便物の整理
郵便物を見ても、どの郵便物が大切でどれが不要かわからないらしい
私が郵便物を整理しだしたきっかけは、父が全ての郵便物をポイポイ捨て出したからだった
その少し前は、ここが郵便物の指定場所
ちゃんと管理できていたのは2年前くらいなのかな?
いつの頃からか既に済んでしまった行事のハガキでも、本人の思い入れのあるハガキは残してあった
記憶がはっきりしてる時は良かった
しかし、記憶が定かでなくなりだしてからはそのハガキを何度も見返す
済んでしまった行事なのに、それがまだ先の行事と混乱する事もあった
済んでしまった行事だから捨てるか他に仕まうようにアドバイスするが、今よりしっかりしていた時期、プライドもあり拒否された
そのうちポイポイ捨て出して、今度は全て取ってある
封をあげないことも増えてきた
『見てもわからない』
それが今の父の思いなのだと思う
父の愛車
実家の車は現在置物状態
マイカーを持てない孫のためにと保持
保持する為には、保険をかけないといけない
保険をかけるためには免許証保持しないといけない
初めは納得していた父
最近上書き保存が出来ない父のコンピュータも変な時には勝手に上書き保存
免許更新するまでは不安なのに、免許更新出来たら自信復活?
『何処ドライブ行くか?』
と何故か運転出来ると思ったらしい
一時期、暇があれば洗車
駐車場内なら仕方ないかと思って許していた
ところが動かしすぎて遂にバッテリー上がった😢
半ドアになっていたりルームランプついていたりも繰り返す
遂に鍵を取り上げる結果に。
そして、今年の保険更新
何を思ったか病院に自分が運転して行こうとして鍵を探し出した
もちろんナイ!!
『なんで鍵がないんや』
そんな事が何度繰り返されたかな?
『孫のために車置いとるんじゃろ?そうじゃないなら車売ろう』
そういうと我に返り大人しくなるみたい
ところが、洗車再び洗車出来ないと怒鳴りだしたらしい父
『ワシから何もかも奪って』
『ワシを拘束ばかりして』
まるで子供だよね
昔から頑固だとは思っていたけど、こんなにワガママで分からず屋で頑固な人だとは思わなかった
そんな事を思う事が増えて来た
難聴
母は、幼少期に病気が原因で片耳の鼓膜が破損した
ほぼ聞こえてない
父が補聴器つくりに通った時も、母にも何度か勧めてはみたが
『私は大丈夫!聴こえてるから‥』
と自分の難聴を認めない
父も頑固だけど、母はそれ以上に頑固
自分が自分を一番知らないと言うが、母を見てるとそれを強く感じる
目は、見えなくなると自覚症状がある
しかし、耳は自分ではわかりにくい
私の言ってる言葉が10とする
けど、母の聞こえてるは5以下
しかし、母にはそれで会話が成り立ってる=聴こえてるに繋がる
まっ、それが原因で
『言った』
『言われてない』
の問答に繋がる事は珍しくない
言った言わないの親子ゲンカ出来る親娘なら良いのだけど、我が母君にそれをやるとそれこそ昔なら母が家出をする事態を招くので私は子供の頃から母に本気でぶつかる事は出来ない
最終的に非を認めるのではなく
『どうせ私が‥』
と僻んで終わる母
今の頼りの綱は私だけ
それがわかってる以上、母にはそんな言葉を吐かすわけにはいかない
父とのすれ違いの原因の1つは耳
両耳補聴器が必要な父は、本人の希望で片耳しかつけてない
母も片耳難聴
補聴器をつけてる人は、ゆっくり話してあげないと聞き取れないのだけど、母にはそれが理解出来ない
早口で捲し上げるように話す母の言葉は、父には届きにくい
だから、お互いに相手に喋りかけては、お互いに『返事がない』=『無視した』に繋がる
私やうちの子達には、2人の会話がすれ違ってることがわかる
けど、本人たちは聴こえないからそれが理解出来ない
物を見せて『これ見えてた?』と確認する事は容易い
しかし時間経って『聴こえてた?』と確認するのは難しい
『言ってない』と否定されたらそこまで!
難聴って難しい
フルーツ禁止
昨日、親戚の法事
終わってからの会食は、先方の指示で父と母と離れて座る
まっいいかぁ〜と大して気にしてなかった
会食も終盤
後はフルーツのみ💕と期待しつつ、叔母に誘われトイレに立つ
戻るとお待ちかねのフルーツ
うっかりしてた😅
フルーツには、父の大好きな餡子が乗せてあった
喜んで食べるよね〜💦
いつもならフルーツ見たら
『食べたらいけんの?』
と聞く父も聞く事すら思い出さなかったみたい
恐るべし餡子!!
席も遠いし今更ダメとも言えず😂
帰りに
『今日、フルーツ食べたんじゃね?』
と聞くと
『食べたよ』
と。
『食べたらいけんじゃろ?』
と言うと
『食べたらいけんかったんか?』
と。
ほんと自己管理難しくなってるね〜
わかってるつもりでもやっぱりそんな父を見るのはショックだ
父は父
最近は、どっちが親かわからない
子供に話をするように話をし、何処に行くかわからない父の行動を見守る
そんな父
『帰るね』
と言えば最近は
『もう帰るんか?』
と必ず聞いてくる
今日も。
『娘を迎えに行かなくちゃいけないから』
と言う言葉に納得して
『ほうか。ありがと』
と納得して答える
ところが今日は何を思ったか玄関まで追いかけて来た
忘れ物でもした?
門の外まで出ていた私は急いで玄関まで戻る
すると
『凍結しとるど!気をつけよ』
朝は真っ白だった道路の雪もすっかり溶けて大丈夫なのに‥と思いながらも久しぶりに聞いた父親らしい言葉
父は、いつまで経っても父親
娘を想う父親
ありがとう、お父ちゃん
車
数年前、父は車庫から車を出そうとして真っ直ぐ突っ込む
その後、あちこちにぶつけながらやっと車庫に車を戻した
(通行人もいなかった為怪我人もなし)
慌てた母が私にSOS
その日父は体調が悪かったらしく自分で病院に行こうとしたらしい
会社で交通安全指導員を長年務めた父には、当時まだ自分の運転に自信があった為、娘に連絡された事に腹を立てた
運転を控えるようにという言葉も素直に受け入れる事が出来なかった
体調が戻るのに時間もかかり、主治医の【意識が朦朧とした原因が明確でない】という診断
『はっきりするまでは運転を控えるように』
と言う言葉で父も納得するしかなかった
『車運転できるように元気になろうね』
から始まって父のペーパードライバーは何年になったかな?
弱って歩く事すら困難な時期もあったが、今はリハビリの効果で1日1万キロ以上の日課の散歩もしている
そんな父の車は、現在も健在
我が家の末っ子が乗ったり、私の代車として出動したりと時々活躍
ただ、車を維持する為には車検や保険は当たり前だけど、父の免許更新も必要
物忘れが進んでからは理解力も低下
何かをすると運転禁止がリセットされてしまうのか、免許更新をした後、車維持の為に免許更新をすると説得してにも関わらず運転してもOKと勝手に思うらしい行動をとる
危なっかしいと思ったので、今では車の鍵は我が家で保管
昨日の病院の日
朝から鍵を大探し、所定の場所にないからと母を問い詰めたらしい
母が父を
『車の鍵どうするん?』
と確認したら
『病院に行く』
と回答
どうやら自分で運転して行くつもりだったらしい
記憶力、判断力、理解力
行ったら来たりの父
車を手放したくない父
父の希望を叶えつつ父に車の運転をさせない
難しいね〜
車がないと生活が困難な田舎生活
高齢者の自動車事故が大きく問題視されてるけど、乗らなくても大丈夫な生活に切り替えるのは容易くない